『バリでの出来事』1―8話再見
2011年2月8日http://meatnavi.com/
『バリでの出来事』1―8話再見
うっかり『バリでの出来事』の1巻をDVDプレーヤーに入れてしまったもんで、仕方なく見続けているんです。そーいや~、7話だか8話に、インソンがインスタントコーヒー入れるシーンがありましたね(マキシム・・・こういうパターンでもよかったわね。。。マキシムの新CMがあまりにしょぼくて情けなかったので、のせるつもりのなかったちょっと重い日記のせちゃう・・)。 それで、ようやく8話まで来たのですが・・・。うっかり、さっぱり・・・です。自分には「インソンファン」を名乗る資格があるのかどうかを疑う、いちばんのポイントがコレなのですが、私は、何度見ても『バリでの出来事』のよさがわからないんですよね。。。う~ん。 インソンはかわいいんですけど・・・。「おれじゃだめなのか~」なんつって、BGM流しながら泣くシーン(8話目くらいでは、まだでてきませんけど)なんか、一緒に泣いちゃったりもするんですけど・・・。 なんで、みんなこんなに気が強いの~? さほど好きでもなんでもなかったり、フラレタってわかってんのに、そこにちょっと気に入らない第三者がからんでくると一気に嫉妬の炎燃やし始めるでしょ。自分が本当にほしいものじゃないんならいいじゃん・・・どーでも・・・(こんな考え方してるから、私ってすぐ“負け犬”扱いされるのかもね。でも、ほんとにほしいもの以外、人もモノも持っててもしょうがないしなあ・・・)。「人間の性」としてわからなくもないけど、そうした生き方の不幸さ加減ってのは古今東西でどれだけ言い尽くされてきたか。。。。シェイクスピアですら脇役としてしか描かないおろかな人間の生き方を登場人物全員にもってきたってのは、大いに評価するけど・・・おもしろいか?みんなプライドがやたらめったら高くてさ、自分を傷つけたり、裏切ったやつは家族だろうが、ほんとに好きでしょうがない恋人であろうが、どんどん追い詰めて、とことんいたぶるのよね(しかも、お母さんが子どもにまでやっちゃうのよね・・・)。そりゃ、やられたほうは逆上するわな・・・。ましてや、もともと対立してる相手ならなおさらさ。。。お互いに怨みを買うようなことしかしないんだもん。。。。私もさんざんやってきたけど、自爆してでもやっつけようって相手でない限り、そこまでしないね。ばかばかしい。。。韓国社会には「損してトクとれ」とか「実るほど頭をたれる稲穂かな」とか、「右の頬をぶたれれば左の頬を差し出せ」とかって言葉は存在せえへんのか!? 最初は、貧乏がゆえの社会への恨み辛み、苛立ちを抱えた二人の男女がどうしようもない縁でつながり、そこにその仮想敵だったり、袖擦りあっただけだったはずの「金持ち」が現実のターゲットとして浮上してきて・・・とか、一所懸命分析していたんだけど、結局、このドラマ作ったプロデューサーや作家、ディレクターって、どんだけ不幸な考え方しかできない人なの? いくら『グラムシの獄中記』もってきて、金持ちのヘゲモニーがあーたらこーたらいうても一つも説得力ないし・・・・。オラなんか、根っからの貧乏人なので、お金ってあるといいなあって思うけど、ないからといって社会をうらむほどの情熱ないしなあ・・・。生きていく最低限のお金しかないってのもけっこう気楽でいいもんです、ハイ。う~ん、でも見始めちゃったから、とりあえずもう一度最後まで見てみるわ。最後まで見たら新しい発見あるかもしんないし・・・。でも、9話以降は泥沼よね。。。ああしんど。。。インソンファンでいるって、意外とたいへんね。。。な~んちゃって、インソンが出てれば、なんだっていいんだけどさ~~、ほんとは・・・。でも、やっぱ『春の日』にしておけばよかった・・・幸せになれたのに・・・。それに、『バリ出来』予告編と言うか、たった数十秒の毎回エンディングも脈絡なく同じシーンをあっちいったり、こっちいったり使いまわすのよね。ほんと制作者の意識を疑う。。。『春の日』はその辺も、ものすごい凝りに凝ってるもんね。。。見ていて制作さんの気概を感じるもの。
『バリでの出来事』1―8話再見
うっかり『バリでの出来事』の1巻をDVDプレーヤーに入れてしまったもんで、仕方なく見続けているんです。そーいや~、7話だか8話に、インソンがインスタントコーヒー入れるシーンがありましたね(マキシム・・・こういうパターンでもよかったわね。。。マキシムの新CMがあまりにしょぼくて情けなかったので、のせるつもりのなかったちょっと重い日記のせちゃう・・)。 それで、ようやく8話まで来たのですが・・・。うっかり、さっぱり・・・です。自分には「インソンファン」を名乗る資格があるのかどうかを疑う、いちばんのポイントがコレなのですが、私は、何度見ても『バリでの出来事』のよさがわからないんですよね。。。う~ん。 インソンはかわいいんですけど・・・。「おれじゃだめなのか~」なんつって、BGM流しながら泣くシーン(8話目くらいでは、まだでてきませんけど)なんか、一緒に泣いちゃったりもするんですけど・・・。 なんで、みんなこんなに気が強いの~? さほど好きでもなんでもなかったり、フラレタってわかってんのに、そこにちょっと気に入らない第三者がからんでくると一気に嫉妬の炎燃やし始めるでしょ。自分が本当にほしいものじゃないんならいいじゃん・・・どーでも・・・(こんな考え方してるから、私ってすぐ“負け犬”扱いされるのかもね。でも、ほんとにほしいもの以外、人もモノも持っててもしょうがないしなあ・・・)。「人間の性」としてわからなくもないけど、そうした生き方の不幸さ加減ってのは古今東西でどれだけ言い尽くされてきたか。。。。シェイクスピアですら脇役としてしか描かないおろかな人間の生き方を登場人物全員にもってきたってのは、大いに評価するけど・・・おもしろいか?みんなプライドがやたらめったら高くてさ、自分を傷つけたり、裏切ったやつは家族だろうが、ほんとに好きでしょうがない恋人であろうが、どんどん追い詰めて、とことんいたぶるのよね(しかも、お母さんが子どもにまでやっちゃうのよね・・・)。そりゃ、やられたほうは逆上するわな・・・。ましてや、もともと対立してる相手ならなおさらさ。。。お互いに怨みを買うようなことしかしないんだもん。。。。私もさんざんやってきたけど、自爆してでもやっつけようって相手でない限り、そこまでしないね。ばかばかしい。。。韓国社会には「損してトクとれ」とか「実るほど頭をたれる稲穂かな」とか、「右の頬をぶたれれば左の頬を差し出せ」とかって言葉は存在せえへんのか!? 最初は、貧乏がゆえの社会への恨み辛み、苛立ちを抱えた二人の男女がどうしようもない縁でつながり、そこにその仮想敵だったり、袖擦りあっただけだったはずの「金持ち」が現実のターゲットとして浮上してきて・・・とか、一所懸命分析していたんだけど、結局、このドラマ作ったプロデューサーや作家、ディレクターって、どんだけ不幸な考え方しかできない人なの? いくら『グラムシの獄中記』もってきて、金持ちのヘゲモニーがあーたらこーたらいうても一つも説得力ないし・・・・。オラなんか、根っからの貧乏人なので、お金ってあるといいなあって思うけど、ないからといって社会をうらむほどの情熱ないしなあ・・・。生きていく最低限のお金しかないってのもけっこう気楽でいいもんです、ハイ。う~ん、でも見始めちゃったから、とりあえずもう一度最後まで見てみるわ。最後まで見たら新しい発見あるかもしんないし・・・。でも、9話以降は泥沼よね。。。ああしんど。。。インソンファンでいるって、意外とたいへんね。。。な~んちゃって、インソンが出てれば、なんだっていいんだけどさ~~、ほんとは・・・。でも、やっぱ『春の日』にしておけばよかった・・・幸せになれたのに・・・。それに、『バリ出来』予告編と言うか、たった数十秒の毎回エンディングも脈絡なく同じシーンをあっちいったり、こっちいったり使いまわすのよね。ほんと制作者の意識を疑う。。。『春の日』はその辺も、ものすごい凝りに凝ってるもんね。。。見ていて制作さんの気概を感じるもの。
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